CSV(Creating Shared Value)戦略

 

~来日時の日経ビジネス対談から抜粋~

近年、ビジネスの手法によって社会問題を解決しようとする新たな動きが広まってきている。社会的価値と経済的価値はこれまで、企業のビジネス活動展開において相反する概念であると考えられてきた。しかし、ハーバード・ビジネス・スクールのマイケル・E・ポーター教授が提唱する共通価値の創出(Creating Shared Value=CSV)という概念によると、それらは相反するものではなく、両立することによって企業はむしろ新たなビジネスチャンスをつかめるという。

 

【1】共通価値の創出とは何か。

世の中には環境問題や住宅問題、健康問題、飢餓、障害者雇用など様々な社会問題があります。共通価値の創造(CSV)とはビジネスと社会の関係の中で

社会問題に取り組み、社会的価値と経済的価値の両立による共通の価値を創造するという理論です。自社の事業の特性や社会との接点をよく考え、3つの

コンセプト、すなわち(1)市場における製品、(2)バリュー・チェーン、

(3)ビジネス環境、を見直すことで実現されうると考えます。

社会問題とビジネスは分けて考えられるものではありません。そして大きな社会問題には実は大きなビジネスチャンスがあり、CSVの概念により企業は、

よりユニークで他社にはない戦略を策定することができます。市場の拡大においては多くのチャンスが潜んでいて、例えば製品製造過程の改善のプロセス

においても社会問題にインパクトを与える要素は潜んでいるのです。

【2】CSVのアイデアはどのように発想したか。

ファイブフォース分析(=FFA)は産業に視点を置き、バリュー・チェーン(=VC)は企業に視点を置いた理論でした。CSVはVCのコンセプトの一部から生じた概念で、ビジネス環境に多大な影響を与えます。これまで企業が公害や二酸化炭素排出を削減しようとする場合、更なる多額のコストが発生し、それに比例して働かなくてはならないと考えられていました。しかし、労働者が毎日、より効率的に仕事に励むには健康的な労働環境と経済的利益が必要です。ここ10~15年、問題となっていた環境や健康といった基本的な社会問題をわれわれが解決するためには、その前提として社会改善や効率的な企業運営が必要になります。そこに論争はありません。

【3】CSVは企業が現在見落としている市場があるという前提に立つ

CSVの根底にはこういった全体的な働きがあり、ポーターの研究はCSVの発想には企業が現在見落としている市場があるという前提から派生します。

私は日ごろの多くの企業経営者と出会いコンタクトを取る機会を通じて、CSVは寄付やCSR(企業の社会貢献)ではなく資本主義に基づいていて、社会問題は巨大市場を生み出す可能性があり、それは企業が従来の顧客や市場を見直すことで獲得されるということに気付いたのです。

【4】2011年のCSVの論文の反応が今までになく大きかったのはなぜか

インターネットの発展や、通信による情報普及のメカニズムの普及で世界は小さくなり、色々な考え方がスピード感を持って世界中を巡っています。

かつて情報は発表されてから翻訳を経て世界中を回るのに何年もかかったわけですが、今では数秒で受信可能な時代になったというのが理由のひとつです。

しかしそれ以上に重要な理由として、ビジネスにおける企業の果たすべき役割や社会における企業の役割は何なのかというのが、今現在この歴史の瞬間に

おいて最も注目されているがゆえに高い反応があったのではないかと思います。世界中の企業が社会における自分たちの見られ方を気にするようになっています。多くの企業が、もっと寄付して欲しいとか、もっといろんな社会貢献活動をやって欲しいというプレッシャーを感じているのです。そのため、企業は自社の活動の本質を考え、社会との接点を見つめなおし、新たなモデルを構築することで、持続可能な社会問題解決に寄与する新たなビジネスチャンスを広げることができるというCSVの理論を受け入れています。先進国のみならず途上国においてもさらに高い関心が寄せられていると考えます。

もともと私が行った企業戦略についての研究の背景にあった動機というのは、全く新しい考え方、全く新しい企業の規律を導入したいということでした。

そして私の学者としてのキャリアの成熟の中で、私は高い次元の目的に研究を進めたい、どうすればより高い目的のために貢献できるかと繰り返し考え続けてきました。そしてその都度より高い水準、高みを目指していった結果、今の時代に則して企業の存在目的を見直し、これこそが企業分野における一番重要だと考えるものが、CSVなのです。

【5】利益を上げる能力があるからこそ社会問題の解決を考えることができる

私にとっては、企業の存在目的の見直しが生涯にわたっての中核となるよう

な研究課題となっています。利益を上げることを良いこととしたい、ごめんな

さいと謝りながら利益を上げなくてはならないような状況は変えなくてはなら

ないと思うわけです。利益を上げられる能力があるからこそ資本主義社会にお

いてはいかなる問題でも解決が考えられるわけで、利益を上げることを恥ずか

しがる必要は全くない、これは祝福すべきことであると考えています。

【6】なぜ今の時代にCSVが必要だと考えるのか。

CSVとは、資本主義的アプローチによる社会問題の解決で、草の根的なアプローチや、寄付を基にしたNGO(非政府組織)などのアプローチよりも効果的です。

企業が環境を改善しながら事業を展開できると理解したなら、二酸化炭素の排出量削減などの効果的な結果が出ます。一方、社会問題が解決されないのは

資本主義に問題があるからで、社会主義の方がいいと考える人も増えています。しかし、資本主義はニーズに対応する仕組みであり、社会問題の解決にとても

効果的で効率的な仕組みです。私たちは忘れがちですが、社会の中で富を生み出すことができるのは企業しかありません。企業活動で顧客ニーズを満足させることができ、利益を上げることができたときに社会における富が生まれます。

なぜ、CSVが重要かというと、社会問題解決の従来の手法は、効果がなく事態は悪化する一方だったからです。政府もNGOも富を創り出すことはできません。

政府は疲弊し、こういった問題に効率的に取り組む十分な資金や術も持っていません。いろんな方が政府は役割を果たしていないと言いますが、政府だけで

こういった問題を解決するのは不可能です。我々はプライベートセクターを社会問題解決の一つの重要なプレイヤーであると考えますし、それには多くの事例があります。NGOやNPO(非営利組織)もがんばっていますが、彼らには大規模に展開する技能や資源がありません。小規模の人を助けることはできますが、何億人もの人々を助けることはできません。

ビジネスの拡大において社会問題を解決することは可能ですし、多くの機会があります。東日本大震災時にユニクロが現地に新店舗を展開したと聞きますが、そうした企業活動が展開されるからこそ人を雇うことができ、必要なものを届けられます。例えば寒さという問題にテクノロジーを提供し応用できるということの方が、長期的インパクトから考えてもそれ以外の社会貢献活動より重要だと思います。資本主義においては自身の利益が更なる利益を生み出しますので、さらに増税によって資金を集める必要はありません。ソリューションは持続可能な経済活動を生み出し、規模拡大によってより多くの利益を生み出すことができます。

【7】低所得層に対しても、市場を捉え直せば資本主義的手法が使える

CSVをチャンスと捉えるにはどうしたらいいのでしょうか。いわゆるマインドセットを変えることです。こういった考え方は少し前からありました。

P.K.Praharadが提唱した「ボトム・オブ・ピラミッド」という考え方では、これまで消費のターゲット外とされてきた世界の約7割にあたる低所得層の人たちに対しても、資本主義や市場の捉え方を考え直すことで資本主義的手法が使えるというものです。共通価値を創造するとはまさにそういうことで、大企業にも理のあることです。かつて社会問題対策と利益の創出は相反するものだと考えられていました。社会問題というものは最大のビジネスチャンスであるというようには考えられてこなかったのです。

環境対策はコストがかかると考えられており、規制や課税といったさまざまなルールで企業の行動を取り締まろうとしました。多くの人々が経済的な成功と、環境的な成功をトレード・オフしないといけない、この3者の間のバランスを取らないといけないという風に理解していますが、これは危険な考え方だと思います。経済的な成功という一つの問いについて考えればいいと思うのです。そして環境的な側面や社会的な側面がこれを強化する、つまり、どちらかを得るために別のものを減らさなくてはならない、バランスを取らなくてはならないという関係性にはないと思います。環境面のボトムラインを上げれば、経済面のボトムラインも上がると考えるのがCSVで、エネルギー効率が高くなり、労働者の福祉が増進すればこれはコスト増ではなくコスト減であると考えられるようになっています。

最近はあまりに多くの企業がステイクホルダー間の利害関係のバランスを取らなくてはならないと考えているところが心配です。全部の方向性、ベクトルをそろえるということの方が重要です。微妙な違いではあるが重要な違いではないかと考えています。

【8】企業と社会の関係について

私はCSVの構想をまとめる中で、企業と社会との関係をどのようにみるべきか、どう再定義すべきであるかということを取り上げました。社会における企業の役割については近年、2つの根本的な問題があります。

まず1点目は、一般の多くの人は企業を社会問題の発生源として見ているということです。例えば20年ほど前の米国では、日本の企業に対して良い内容ならアメリカという国にとっても良い内容だと考えられていました。しかし現在では企業にとって良いことは国にとって悪いことだと思われがちです。レイオフで多くの人が職を失って、所得がどんどん下がっていく中で、企業だけが成長している印象があるのです。このような認識は世界中で広がっているように思います。

そして2点目は、社会の問題は企業の責任ではないという古い考え方があったということです。うまく企業経営をすることが企業の仕事で、利益を出せば

社会のために役立っている、社会問題は他のセクターの役割だと多くの企業の人間は考えてきたわけです。しかし、この非常に狭い考え方のせいで企業は多くの機会を見逃しています。

例えば途上国では多くの青少年が失業し低所得の負のループから抜けられずにいますが、多くの企業は「それは残念ですね。でもそれは社会問題です。我々とは関係がありません」という態度でした。それに対して例えばコカ・コーラは直接的・間接的に自身の事業活動につなげていくことができないかと問題を考え直し、ごく簡単な活動を始めました。

コカ・コーラは、自分たちが活動している地域社会において、若者たちを対象とした支援プログラムを導入しました。これは生産性や売り上げの向上とともに、そのパートナーである地元の小売ネットワークにも十分なインパクトがあったといいます。

【9】CSVと戦略的CSRの違いは何か。

それは従妹のように近い関係にあります。CSRはビジネスとよりよく密接に結びつくことによって確かに良い働きをしますし、企業はCSRのステップを経ることで、CSVに向かってきています。しかし、CSRは根本的にはCSVとは異なるものです。

CSRは評価を受け、良い市民を生み出し、害悪を減少させ、ステーク・ホルダーとの良い関係を生み出すものですが、どこの会社でも同じようなことが行われます。これに対してCSVは企業が持っている資源や専門性を使って社会問題を解決するということで、ただ単に危害というものを最小限に抑えるということではありません。自社の行っている事業の中で社会問題との接点や社会的ニーズを見つめなおすことを必要とするからです。

またCSVは資本主義の原理に基づき利益を生み出すもので、社会が直面している課題に対してとてもパワフルに応えることができます。私たちは資本主義の可能性について狭く捉えがちです。しかし資本主義の最も重要なことは、(便利な製品やサービスを生み出すだけではなく)マイクロファイナンスのように

社会の変革を起こすことであり、ビジネス活動を通じた排出量の削減による環境改善のイノベーションによって環境へのインパクトを軽減したり、バリュー・チェーンを通じたイノベーションによりエネルギーをセーブしたりできることなのです。CSVは資本主義に基づき、ビジネス活動を通じて社会を変革できるのです。

【10】日本におけるCSVの実践についてはどのように評価するか。

日本では今でもビジネスと社会を切り離した考え方があります。日本の経営者と話をすると、震災が起きたら何ができるかと問うと、多くの企業は寄付をすると答えます。社会変革のためには、寄付からビジネスへの思考の変化が必要です。

これに対して、50年程前、日本では少なくない数の企業がCSVの考えを持っていました。第二次世界大戦後の再建の過程において、当時の起業家の多くは

資本主義を通じて国家を再建しようと企業活動を行っていたのです。戦後初期の経営者らは国家再建のために企業活動を行っていました。

企業は、責任ある企業活動を行っていくという原則のもと、市場における様々なチャンスをとらえて社会のニーズをビジネスチャンスとしてとらえて収益を

あげていくことができるわけです。こうした考え方は日本の社会に根付いていると思います。

大戦後に日本の企業が発展したのはこうした哲学に基づいているのではないでしょうか。戦後の復興を果たし市場を整えていくにはどうしたらいいかと

企業経営者は考えたと思います。戦後間もなく食糧不足も政府ではなく企業、資本主義、資本家によって解決されていきました。ですからビジネスリーダーはこういった共通価値の感性を既に持っていたと思うのです。

ただし、ここ20~30年で事情は変わりつつあります。官僚主義体制が強化され、私たちのモノの見方が狭くなるに従って本来の企業の存在意義、あるいは

企業が提供する社会的な価値、収益をあげることによってどのような社会的価値をもたらすことができるかを考えることをだんだん忘れていきました。しかし、私は日本の多くの企業は今でもCSVの考えを持っていると考えています。実証例として歴代のポーター賞受賞企業のオイシックスやガリバーインターナショナルなどいくつかの例があります。まだ大規模な例はあまりありませんが、展開次第ではグローバルに新たなイノベーションを創造するのではないでしょうか。

【11】ソーシャルビジネスとCSVの強いつながり

強い関係性があると思います。ソーシャルビジネスは社会性の観点から発生し、寄付ではなくビジネスの観点から持続可能な社会活動を行うことを想定しているわけです。これはCSVと同じ基本的な発想から生まれており、ビジネスモデルとして利益を生みつつ社会性のある問題により効率的によりスピード感をともったインパクトを派生させるという意味でCSVに繋がるものだと考えます。私も社会企業家の例は引用していますが、社会企業家は非営利的な意志からスタートしCSVに繋がる利益を伴うモデルを創造し、栄養問題やホームレスといった問題に対処します。その手法はNGOより効率的で、ビジネスモデルを活用し、マネジメントや説明責任を伴い、効率的に社会問題に対して価値創造を行います。

私が当初着目していたのはネスレやトヨタ自動車のように大規模な事業展開を行っている企業でした。そのような企業が機会を見出し、CSVの概念を獲得すればより素早く利益を生み出すことが可能であると考えました。しかしソーシャルビジネスも次世代のトヨタになりうると考えます。

というのは、多国籍企業でも国内市場に特化した企業でも、CSVの実践においては活動地域の社会問題に対して同様に機会を持つことができると考えるからです。多国籍企業には多くのニーズがあり、国内企業においても同様のことが言えますが、それは日本企業においても同様です。地方の銀行であっても、経済的インパクトを与えることが可能ですし、世界銀行のようにローカルあるいはグローバルを問わない働きをすることができます。

ソーシャルビジネスは地域限定的で小規模であることが多く、インパクトを生み出す規模や資源が欠けています。しかし中には拡大しグローバルな展開をして国際企業になったものもあります。グラミン銀行やマイクロファイナンスなどは最初ごく小さな組織でしたが今では大きなものになり、世界的に大きな

イノベーションを生み出しています。

ただし、効果的なCSVの実現のためには、マネジメントを強化する必要があります。訓練によって経営や財務、マーケティングなどに精通することです。

経営に精通することで、利益構造や社会的問題を理解することができます。

従って、ソーシャルビジネスやCSVのグローバル展開により地球規模問題の解決に寄与できるのです。